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熊本地方裁判所 昭和47年(ワ)96号 判決

原告

岡村蓉子

被告

林田孝憲

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金六三二万五、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日、(昭和四七年三月三〇日)以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二原告の主張

一  訴外中哲は、昭和四五年三月二二日午前四時五〇分頃、普通乗用自動車(熊五に―三三三九号)を運転し、熊本県球磨郡五木村大通峠附近路上を、同郡五木村頭地方面から同県八代郡宮原町方面に向け、時速約三五キロメートルで進行中、運転を誤つて同車を道路脇の断崖より約二〇メートル下方の谷川に転落させ、よつて、同乗の訴外堀部保に頭部外傷Ⅰ型、硬膜下血腫の傷害を与え、同人をして同日午前六時五〇分頃八代市通町所在の岡川病院で死亡するに至らせた。

二  被告は、当時右事故自動車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条に基づき本件事故による損害の賠償義務がある。

三  本件事故による損害は次のとおりである。

(一)  被害者堀部保の損害

(1) 逸失利益、一、一〇〇万円

堀部保は、事故当時満一九才の健康な男子で、訴外熊本ダイハツ自動車販売株式会社に勤務し、年額四八万二、八〇〇円(月額二万八、四〇〇円の一二ケ月分と別に年間五ケ月分の賞与)の収入を得ていたものであるが、同時期に入社した同学歴の者の昭和四七年三月一日現在の年収八五万円(月額五万円の一二ケ月分と年間五ケ月分の賞与)であるので、本件事故による逸失利益は、右年収八五万円から生活費、税金等として三五万円を控除した残額五〇万円に、満二一才の者の就労可能年数に対応するホフマン式係数二二を乗じて得られる一、一〇〇万円となる。

(2) 慰藉料、三〇〇万円

(二)  原告固有の損害

(1) 慰藉料、一〇〇万円

原告は、堀部保の実母であり、同人の死亡により多大の精神的苦痛を被つたところ、その慰藉料の額は一〇〇万円を下らない。

(2) 弁護士費用、八二万五、〇〇〇円

原告は、弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の遂行を委任し、謝金として八二万五、〇〇〇円(目的物の価額の一割五分)を支払う旨約し、同額の損害を被つた。

四  堀部保は、死亡時まで独身で子供等なく、相続人としては実母である原告と実父である訴外堀部重満(原告とは昭和四六年三月二九日協議離婚)だけであるので、原告は、堀部保の死亡により、同人の前記三、(一)、(1)、(2)の損害賠償請求権一、四〇〇万円の二分の一、七〇〇万円を相続取得し、三、(二)、(1) (2)の固有の請求権と合せ、合計八八二万五、〇〇〇円の請求権を有するところ、自賠責保険から二五〇万円の支払をうけたので、内一〇〇万円を原告固有の慰藉料、残り一五〇万円を相続取得した堀部保の慰藉料にそれぞれ充当した。

五  よつて、原告は被告に対し、その残額、相続分の逸失利益五五〇万円と弁護士費用八二万五、〇〇〇円、合計六三二万五、〇〇〇円及びこれに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁並びに主張

一  原告主張一は、堀部保死亡の日を除き、その余を認める。堀部保が死亡したのは昭和四五年三月二四日である。

二  同二は否認する。

本件事故自動車は、熊本ダイハツ販売株式会社が訴外田中輝穂より下取車として引取り、昭和四五年三月一七日同会社に入庫したもので、登録原簿上の所有名義は田中の前所有者である訴外九州三菱自動車販売株式会社のままであつた。そして、本件事故は、前記中哲や堀部保及び被告等が組んで参加したナイトラリーの途中で発生しているところ、右自動車がこのラリーに使われたのは、当時熊本ダイハツ販売株式会社に勤務していた中哲が、同僚の堀部保と相談のうえ、ラリーに使用することを内諸にして勤務先から持ち出し、右ラリーに参加したためである。このように、本件事故自動車の所有者は訴外会社であり、直接の運行供用者は中哲と堀部保にほかならない。なお、右自動車には被告名義で任意保険契約がなされているが、これは、中哲が保険の代理店をしている実父中明人から保険に加入しておかなければ危険なラリーへの参加を許さない旨いわれて、ラリー参加の当日保険契約をすることにしたものの、契約者を中哲としたのでは代理店の父親と親子であつて都合が悪かつたことから、被告名義で契約手続をしたのに過ぎず、その保険料も被告ではなく、中明人の負担において事故後支払われている。

三  同三、(一)、(1)、(2)のうち、堀部保が昭和二五年五月二〇日生、当時熊本ダイハツ自動車販売株式会社に勤務していたことのみ認め、その余を争う。

堀部保の昭和四四年度分給与、賞与の合計は二八万八、六三三円、事故前三ケ月の税込本給、付加給は、昭和四四年一二月が二万四、二〇〇円、昭和四五年一月が二万五、八〇〇円、同年二月が二万四、二〇〇円に過ぎない。

同三、(二)、(1)、(2)のうち、原告が堀部保の実母であることは認めるが、その余は不知。

四  同四のうち、堀部保の身上及び原告や堀部重満と同人の身分関係は認めるが、原告が損害賠償請求権を相続取得した点は否認、その余はいずれも不知。

五  (過失相殺)仮に、被告に何らかの賠償義務があるとしても、本件ラリーは、危険な山道で夜間且つ降雪時に実行されたものであり、堀部保としても、事故発生の危険性を認識のうえ進んでこれに参加し、また、主催者より安全ベルトとヘルメツト着用の注意があつたのに、それを怠つたため、ひとり同人のみ車外に放り出され、死亡するに至つたものであつて、この点の過失は勿論のこと、中哲と堀部保にさそわれてラリーに参加した結果、本件事故に遭遇し、今日廃人同様の身になり、あえていえば、逆に同人等にこそ多額の損害賠償を追求すべき立場にある被告の惨状よりみて、賠償額の算定については好意同乗者の例をはるかに越えた斟酌がなされるべきである。

第四証拠〔略〕

理由

原告主張一の事実は、堀部保が死亡した日を除き、当事者間に争いがない。

次に、原告は、本件事故の賠償責任原因事実につき、当時被告が加害自動車の所有者であり、運行供用者であつた旨主張し、被告は、これを争い、右自動車の所有者は訴外熊本ダイハツ販売株式会社、直接の運行供用者はむしろ中哲と石被害者堀部保であつた旨主張する。

そこで、以下判断するに、〔証拠略〕を総合すると、本件事故は、中哲(当時二〇才)、堀部保(当時一九才)、宮地健一(当時一八才)及び被告(当時二〇才)の四名が一組になり、右事故自動車に同乗して参加した熊本自動車愛好会主催のナイトラリー競技中に発生したこと、右四名は、中哲と堀部保、宮地健一が当時熊本ダイハツ販売株式会社に勤務する同僚、中哲と被告が中学時代の同級生であつたことから、かねて相互に親交があつたこと、右ラリーに使用する自動車は、当初、中哲が同人所有のダイハツベルリーナをあてるつもりであつたが、家人に同自動車の使用を差止められたため、堀部保に相談した結果、同人が他の自動車を都合してくることになつたこと、そして、堀部保は、勤務先の熊本ダイハツ販売株式会社から、右ラリー参加の使用目的を秘して(被告へ販売するという名目で)、当時偶々同会社が訴外田中輝穂から下取車として引取り、登録原簿上の所有名義も未だ同訴外人の更に前者、訴外九州三菱自動車販売株式会社のままになつていた、本件事故自動車の使用承認をうけたこと、また、中哲は、訴外日動火災海上保険株式会社の代理店をしていた父、中明人の指示に基づき、事故に備えて右自動車に任意保険を付することにし、被告の同意を得たうえ、ラリーの当日、父親に依頼して、被告名義で、右保険会社との間に車両保険二〇万円、対人保険一、〇〇〇万円、対物保険一〇〇万円の保険契約を締結したこと、ラリーのコースは全長約三三〇キロメートルであり、同人等は事故前日の午後一〇時半頃、堀部保が右自動車を運転し、助手席に中哲、後部座席に被告と宮地健一が乗つてスタートし、翌日午前三時頃助手席の中哲が堀部保と入れ替つて運転を担当し、その後、同人が運転中の同日午前四時五〇分頃本件事故に至つたこと、事故後、熊本ダイハツ販売株式会社は、中哲等に対し破損した事故自動車の賠償を求めていたところ、前記車両保険より一八万円の保険金が支払われることになつたので、中哲の父親が被告側の了承を得て、被告名義でこれを受領し、被告から熊本ダイハツ販売株式会社に事故自動車の代価を払う形で、被告宛の領収書(甲第二号証)と引換えに、同会社に支払つたこと、以上の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。

右事実によれば、本件事故当時、事故自動車の所有者は熊本ダイハツ販売株式会社であつて、被告ではなく、また、被告名義の任意保険契約も被告だけがその運行供用者であることの証左とはなし得ないといわざるを得ず、却つて、本件事故は、中哲、堀部保、及び被告等四名で参加するラリー競技に使用するため、被害者である堀部保自身が右使用目的を秘して同会社より持出したうえ、同人等において交互に運転中発生せしめたものであり、当時同会社が右自動車の運行支配、運行利益を失つていたとはむしろ認め難い。

もつとも、本件については、所有者である熊本ダイハツ販売株式会社と別に、中哲や堀部保及び被告等が事故自動車の運行供用者であつたことも考え得ないではないが、その場合でも、自動車損害賠償保障法第三条に所謂「他人」は、運行供用者及び当該自動車の運転者を除く、それ以外の者をいうと解せられるところ、前記事実によれば、右四名のうち被告のみが運行供用者であつたと認めるのは相当でなく、また、堀部保は、当時事故自動車の運転者、少くとも運転補助者の立場にあつたといわざるを得ないので、いずれにせよ、右同条の「他人」に該当しないことになる。

しかして、本件の全証拠を検討しても、他にこの点に関する原告の主張を肯認するに足る資料は存せず、原告の請求原因はこの点で失当たるを免れない。

よつて、爾余の争点に対する判断を省略して、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和)

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